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4月のスクールホリデーはちょっと特別

April 29, 2019

 

新学期が終わり2学期が始まるまでの4月のスクールホリデー。キウイにとってはクリスマス休暇と同じくらいに重要なホリデーです。ニュージーランドの国民祝日は、日本よりかなり少ないですが、その中でも「特級」クラスの祝日は「クリスマス」とこのホリデー中にある「イースターフライデー」の2日のみ。この特別な日に開けている店があるとしたら、ほぼ間違いなく移民が経営しているお店でしょう。そして、NZ全土で人々が静かに鎮魂の祈りを捧げる日「ANZAC Day(アンザックデー・祝日)」も、この4月のスクールホリデー期間中にあります。オーストラリアとNZでよく耳にする、この「ANZAC」とはなんでしょうか?

 

第一次世界大戦勃発後、連合国である英国を支援する英連邦州として、カナダからの派遣軍に引き続き、1914年、オーストラリアとニュージーランドの合同軍が組織されることになりましたが、それがAustralian and New Zealand Army Corps、つまり頭文字を取った略語で「ANZAC(アンザック)」です。Wikipediaによれば、当時オーストラリアとNZ共催のスポーツ競技会などでは、ニュージーランド選手が参加していても、大会名は「オーストラリア〜大会」とされるのが通例だったので、当初では派遣軍の名前もAustralasian Army Corpsとネーミングされる予定でしたが、NZによる強い反発でANZACとなったようです。

 

オーストラリアとNZの両国でとても重要な日であるANZAC Dayは決して、その合同軍成立を記念した日ではありません。当初、訓練のためのイギリスへの派兵が予定されていたANZAC軍でしたが、英国の厳寒に対応できないだろうとのことで、急遽エジプトへの派兵へと計画が変更になりました。1915年、ANZAC合同軍は連合軍(イギリス、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダの派兵軍)の一師団として、ドイツの同盟国であるオスマン帝国との戦闘を目的に、エジプトからトルコの「ガリポリ」へ派兵されましたが、その地での激しい戦闘の結果、敗退しました。その事実「ANZAC軍がたくさんの死傷者を出し、撤退しなければならなかった」ことを、決して後世も忘れないという決意を、思い出させてくれるのが、ANZAC Dayなのです。この日、全国各地の街の広場や墓地など、セレモニーが開催される会場では、制服を着た退役・現役軍人の方達が家族ともに参列し、日の出とともに鳴るラッパの音で式典が開始されます。

 

一昔前、NZ国内の留学機関では、この日はNZの保守派の人々がかなり排他的になるため、第二次世界大戦当時の敵国から来た日本人は嫌がらせを受ける可能性があるからと、日本人留学生に対して外出をしないほうがいい、という忠告をするケースもありましたが、グローバル化が進んだ現在ではNZ人と家庭を持った日本人や、地元社会に貢献する日本人も多くなり、参加者は敵・味方関係なく、敬意を持って式典に参加しているので、そういったネガティブなことを耳にすることもなくなりました。

 

 

この日の前後には、ANZACを代表するポピーの花が街中で見られます。戦地で咲いていたとされる赤いポピーの花がANZACの象徴です。もう一つのANZAC Dayの名物といえば「ANZACビスケット」。「なんでANZACにビスケットなの?」とキウィの知人に聞いたところ、「Idon't know」とのこと...。スクールホリデー中にあるもう一つの肝心な祝祭事イースターの名物「Hot Cross Buns(ホットクロスバン)」とともに、季節のグルメとでも言えるかもしれませんね。4月のスクールホリデーは、留学生にはNZの歴史を知るためのいい機会となることでしょう。

 

 

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