アメリカズ・カップとチームNZ
パーマストンノース市が、海外に向けての「パーマストンノースからこんにちは」ビデオを制作しました。タイトルはズバリ「Kia ora from New Zealand」。Kia ora、マオリ語でこんにちはとの意ですね。「キアオラ」と書きますが、ネイティブ発音を聞いていると「キオーラ」とか「キヨーラ」って感じですね。動画はこちらより https://vimeo.com/224154460
さて、今回もNZらしいスポーツの話となります。
ラグビー王国として知られるニュージーランドは、ラグビーだけでなくオリンピックでも人口比率によるメダル獲得数が世界トップのスポーツ立国でもあります。ただし、スポーツ大国のアメリカを凌駕するものは決して多くはありません(ニュージーランドが強いスポーツはアメリカではあまり力を入れていないケースが多いのです。ただし、女子ゴルフでここ数年世界トップの座に君臨するNZ人プレイヤー、リディア・コー選手は例外と言えるでしょう)。しかし、大国アメリカがニュージーランドを手強いライバルと見なしているものがひとつだけあります。それが世界最高峰のセーリング(ヨット)レースとして知られる「アメリカズ・カップ」です。
1851年、イギリスでヴィクトリア女王観覧の天覧ヨットレースで、1杯のアメリカ艇が15艇のイギリス艇を打ち負かせてしまうという、それも2位に8分もの大差をつけられての敗北を、ゴールラインで待機していた女王の眼前で喫した上、女王杯(カップ)もアメリカに持ち去られてしまったという国辱的な出来事がありました。そのカップこそが、現在「アメリカズ・カップ」と呼ばれているものです。その後1857年、このカップが「国家間の友好関係構築のためのヨットレース用に『チャレンジ・トロフィー』として利用してほしい」と、ニューヨーク・ヨットクラブに寄付されたのがきっかけとなり、1870年、国際的なヨットレースとしての「アメリカズ・カップ」が始まりました。アメリカズ・カップの優勝カップが「チャレンジ・トロフィー」と呼ばれるのは、カップを持つ優勝チームが次回大会で必ず「挑戦(チャレンジ)」艇とレースをしなければならないからです(現在、ルイ・ヴィトン・カップとして知られる国際ヨットレースで優勝した艇が挑戦艇になることができます)。ユニークなのは、カップ保持チームに次回大会の日時、場所の決定権があることで、チャンピオンチームが常に優位に戦えるシステムになっています。
カップがアメリカの地を離れることになったのは、なんと113年後のこと。1983年にオーストラリアがカップを勝ち取るまでに24回レースが行われましたが、全てアメリカ艇が勝利してきたのです。勝って当たり前の横綱レースを続けてきたアメリカにとって、1983年の敗北のショックは大きく、次回大会に向け最先端エンジニア技術を駆使し、なりふり構わず艇型の伝統を壊してまでも勝利にこだわり、翌大会でカップ奪取を遂げ、その後の2大会でもカップを死守します。
今後もアメリカが勝ち続けると思いきや、1995年、新鋭スキッパー、ラッセル・クーツ率いる「チーム・ニュージーランド」が圧倒的な強さでアメリカ艇「スターズ&ストライプ」を破り、世界をあっと言わせました。翌大会も制覇したNZは、ヨット王国の名を確固たるものとしました。しかし2003年大会は、ラッセル・クーツや他の主要クルーが他チームに引き抜かれるという、ニュージーランドにとって手痛いレースとなり、優秀スキッパー&クルーを手に入れた「海のない国」スイスの「アリンギ・チーム」が「チーム・ニュージーランド」に勝利するという波乱がありました。その翌大会もスイスVSニュージーランドになりスイスに軍配が上がりましたが、続く2大会はアメリカの「オラクル・チーム」が豊富な資金や、BMWとの提携などによる革新的エンジニア技術でトップの座を奪取しました。
そして再びアメリカVSニュージーランドとなった今回の第35回アメリカズ・カップで「チーム・ニュージーランド」は、伝統的に「手」で行うことを「足」で行うという画期的なシステムを取り入れ、アメリカ艇に圧勝しました。セーリングでは、舵を切り、帆の向きを変えて艇体を方向転換させるのですが、帆の向きを変える際、ウィンチと呼ばれる器具に繋がれているロープを緩めることにより(シートと呼ばれるロープ状のものが糸巻きのように巻かれています)帆の向きを変え、艇体を旋回させることができます。方向転換した直後に今度は逆サイドでその緩めたロープを再びきつくして、再度ウィンチに固定させます。従来ウィンチは「手」でレバーを回してロープを巻くのですが、今回チーム・ニュージーランドが採用したのは、このウィンチ巻作業を、手でなく「足」で行えるシステムでした。つまり「足」なので「手」よりもっと力が入るため、早く回せる=方向転換作業がスピーディーに行うことができる、ということです。ヨットレースでは、風、潮流をどう読むか、どのタイミングでいかに方向転換を早くできるかでほぼ勝負が決まります。
1983年のアメリカの敗戦以来、アメリカズ・カップはF1レースと同じく伝統と革新的技術が融合したレースになってきていますが、技術革新や設備投資に莫大なお金がかかることが有名で、ここ20年近くは国と国の対決というより、潤沢な資金が準備できる「企業VS企業」の体をなしてきました。日本も何度となく企業(トヨタや今回のソフトバンク等)がスポンサーになってチャレンジ艇を送り出してきましたが、上位グループの層は厚く辛酸を舐めさせられてきました。チーム・ニュージーランドも国内資金では間に合わず、アラブ首長国連邦の出資を受けています。また、各国チームには多くのNZ人クルーがスカウトされている現状についてもニュージーランド人は複雑な思いで見ています(それだけ優秀な クルーがNZから輩出されているというのはすごいことですが)。それをおいても、今回のアメリカズ・カップはNZ国民が歓喜するほどの痛快劇。「チームNZ」は「オールブラックス」と同様にニュージーランド人の誇りとなっています。